THE NEW YORKER 2005 MAY 30

社会生物学論争について書いたばかりなので、ついでにメモっておく。


H. Allen Orr(ロチェスター大学生物学教授)が、最近の「新しい創造説」について解説記事を書いていた。アメリカでは切実な話だ。


最近の創造説は、Intelligent Design (以下IDと略する)と呼ばれ、ダーウィンの進化論に対抗できる「科学」だと主張している。だもんで、れっきとした科学なんだから、ダーウィニズムだけに「偏向」せずに、学校でちゃんと教えろ、という話になっている。


おおかたの科学者は、これに取り合わないという戦略を採っている。なぜなら、論争を始めると、世間では「ちゃんと論争になっているんだから、IDもちゃんとした科学なんだろう」と受け止められてしまうかららしい。そもそも世間の認識は、「生物学者たちが(たとえばドーキンスとグールド)、進化をめぐって激しく言い合っているところをみると、進化論ってのはやっぱり問題あるんだろうな」といったレベルだったりするようだ。


余談だが、『社会生物学論争史』の原注に、これとちょっと関連する話があった。ある科学者たちは、グールドに対してあまり批判的ではなかった。なぜなら、とにもかくにもグールドは創造説には反対しているわけで、そういう人物を公衆の面前で批判するのは、戦略上まずいから、という話だった。


それはともかく、IDだ。以下、ほんとにかいつまんで言うと、最近のIDの特徴は、


1 昔のように聖書の鵜呑みにした特殊創造説ではない(この世界は六日でできた、とか)。

2 一部進化も認める。


主張の骨子は、「生物は非常に複雑なので、ものすごく知的な創造者がいる」ということだが、その創造者が何ものなのかについて詳しいことは言わないらしい。


IDをバックアップしている団体は、Center for Science and Culture という、シアトルに本部のあるDixcovery Instituteの一部門。主なスポークスマンは、法学者Phyillip E. Johonson、哲学者Steven C. Mayer、生物学者 Jonathan Mayerで、この三人が膨大な本や記事をかいているらしい。しかし実際には、この三人は単なるスポークスマンなのであって、科学としてのIDの基本を作っているのは生物学者Michael J. Beheと、数学と哲学で博士号をもち、神学で修士号をもつWillam A. Dembski の二人なのだそうだ。だから、科学としてのIDの言い分を検証するには、この二人の言い分を検証すればよい。


科学的とされるIDの主張は大きく二つある。1990年代からの細胞生物学の進展と、やはり最近の数学的進展にもどづくものだ。


細胞生物学の方は(Behe)、要するに、細胞がとてつもなく複雑であることがわかり、これは到底自然に進化できるようなものではない、という話だ。そこでBeheは、細胞は非常に知的な創造者によって作られたにちがいなく、細胞ができてから後は、普通の進化が起こった、と考える。彼の主張は分子生物学者によって反駁されており、Behe自身も、「自分の議論が論理的にダーウィニズムへの反論になるとは思っていない」と撤退しているそうだ。が、彼はそれでもIDを信じている。


数学的基礎のほうは二本立てで(Dembski)

1 複雑なものは、それが偶然の産物でも必然の産物でもないならば、知的な存在により作られたのである。(本文では「白鯨」からのわかりやすい例で説明されているが、残念ながら省略(^^ゞ)
2 No free lunch 定理

2のほうが数学っぽくて、科学っぽい印象を与える。1のほうは簡単に反駁できる。2のほうも、No free lunch定理を導いた物理学者のひとりであるDavid Walpart自身が、「Dembskiの援用のしかたは、ずさんすぎてお話にならない」と言っているという。Dembskiも科学者たちの批判を受けて、Mehe同様戦略的撤退をしているが、それでもやはりIDは信じている。


新しい科学的創造論なんて言ったって、何だその程度の話か、と思われるかもしれないが、これでも政治的には重大なのだ。


ID陣営内部に興味深いのは、BeheとDembskiは、根本的なところで意見が食い違っているのに(Beheは細胞以降の進化を認めるが、Dembskiは進化のプロセスそのものを認めないという、どでかい違い)、そこのところは問題にならないらしいという点だ。ともかく、IDも(中身をよく見れば)一枚岩ではない。


1999年、Discovery Instituteの文書がウェブ上にアップされた(匿名で)。この文書は後にWedge Documentと呼ばれるようになったらしく、研究所の長期的目標のみならず、その目標をいかにして達成するかについても書かれていたそうだ。文書の冒頭では、「人間は神の姿に似せて造られた」という考え方は、西洋文明の基礎となる原理のひとつである、と規定する。そして、ダーウィンマルクスフロイトに発する伝統は壊滅的な影響を及ぼし、いずれは「文化のあらゆる領域に感染していく唯物論的実在観である」として糾弾する。これを打倒するのが同研究所の目標だ。


ダーウィニズムを認める者が無神論唯物論者かというと、(ダーウィンその人だって無神論唯物論者ではないが)、そんなことはない。Orrは、二十世紀進化生物学の礎石を築いた人たちとして五人の研究者を挙げ(Fisher, Wright, Haldane, Myer, Dobzhansky)、このうち、無神論者は一人だけであり、熱心に信仰に基づく活動をした人たちもいると述べる。


生物学者がIDに警戒心を抱くのは、生物学者無神論唯物論者だからではない。生物学者がIDを警戒するのは、それがジャンク・サイエンスだからなのだ、とOrrは言う。


IDの状況と構造がよくわかる、簡潔で有益な記事だ。