『コペルニクス・天球回転論』高橋憲一訳・解説

コペルニクス・天球回転論

コペルニクス・天球回転論


コペルニクスの没後450年を記念して出版されたこの本は、ざっと次のような構成になっている。


1 天球回転論

『天球回転論』解題
天球回転論 第一巻
  (第一巻だけなので数学的詳細は省かれているが、
   コペルニクスの考え方の要点はここに含まれている。)
訳注(詳細)
付録1 『天球回転論』六巻の目次内容
付録2 1620年の訂正命令(教皇庁

2 コメンタリオルス

『コメンタリオルス』解題
コメンタリオルス
訳注(詳細)

3 解説・コペルニクスと革命

文献
索引類


これを見るとわかるように、『天球回転論』に先立つ『コメンタリオルス』も含まれており、また解題が充実していて、とくに諸テキストの内容と位置づけに関する記述は興味深く、コペルニクスの思想内容を知るのには非常にありがたい本である(六巻全部を訳出されていたら、値段も跳ね上がり、読むのも難儀で、コペルニクスの考えを伝えるという点ではかえって良くなかったかも(^^ゞ)


しかし内容に入る以前に、わたしは『天球回転論』のニュルンベルク版表紙に書かれたコペルニクスの言葉に心を惹かれた。

好学なる読者よ、新たに生まれ、刊行されたばかりの本書において、古今の観測によって改良され、斬新かつ驚嘆すべき諸仮説によって用意された恒星運動ならびに惑星運動が手に入る。加えて、きわめて便利な天文表も手に入り、それによって、いかなる時における運動も全く容易に計算できるようになる。だから、買って、読んで、お楽しみあれ。


幾何学ノ素養ナキ者、入ルベカラズ


最後の一文はギリシャ語、他はラテン語である。ああ、なんて生き生きとしたセリフだろうと、嬉しくなってしまう。


さて、コペルニクスのモデルだが、改めて驚かされるのは、それがまったくもってアリストテレスプトレマイオスの枠組みに従っていることだ。そして、精度を出そうと思うと、コペルニクスのモデルは複雑怪奇と言って良い代物になる。彼はこのモデルがより簡単だと力説しているが、これを簡単だと思うためには、特殊な視点が必要だろう。


具体的にいうと、コペルニクスのモデルは、まずもって太陽中心の体系ではない。太陽は中心の近くにあるだけで、基本的には惑星ごとに別の回転中心が必要になる。しかも彼は、エカントこそ使わなかったが(運動の一様性を重視したため)、周転円も離心円も使っているし、月にしたって三つの円を使っている。地球は、一種の離心円上を運動する。その離心円の中心も、さらに離心円上を運動する。そしてその円の中心は、太陽を中心とする円上を回っているのだ。


コペルニクスのモデルと、きれいさっぱり地球を宇宙の中心とするプトレマイオスのモデルを比較して、どっちがシンプルかと問われれば、この段階では何とも言えないと答えざるを得ない。


もうひとつ注目したいのは、コペルニクスもそれ以前のすべての学者と同じように、天体は円運動をすると信じて疑わなかったことだ。その結果、観測結果を説明するために円を複雑に組み合わせざるをえなくなる。


コペルニクスのモデルにひきかえ、ケプラーが到達した楕円運動という結論は、わたしたち現代人の目にはくらくらするほどエレガントに思える。たった一つの楕円軌道を描くというシンプルさばかりではない。わたしたちにとって、或る意味では、円よりも楕円のほうがより一般的でエレガントなのだ。円は、楕円の特殊ケースにすぎないのだから。わたしはここに、大きな美意識のギャップを感じた。


そんなことを思っていたら、なんと、M・H・ニコルソンが、まるまる一冊の本をこの問題に費やしていたのだ。