『ケプラーの夢』ヨハネス・ケプラー著

ケプラーの夢 (講談社学術文庫 (687))

ケプラーの夢 (講談社学術文庫 (687))


山本義隆著『磁力と重力の発見』で、その力量の大きさにぎょっとしたり、『六角形の雪について』の内容と書きぶりにはっとさせられたりしたケプラー。気になって、彼のSF作品という『夢』をめくってみることにした。


訳者のひとりである渡辺氏によると、この『夢』は翻訳してからもなかなか日の目を見なかったらしい。しかし幸いにも講談社のなかに熱心な支持者を得て本になり、意外にも売れて、さらには文庫にもなったらしい。実際、この面白さは売れて当然という気がするが、その話はあとまわしにして、先般からの「越境ばなし」を少々。


文庫版への序文で、渡辺氏はこう書いている。

 議論はやや飛躍するが、こう見てくると、近代科学というものは、たんに星がどう動き、物がどう落ちるという知識としてだけではなしに、さらにひろく、文化史の中に占める人間の知的な営みとしてとらえられるべきであり、また、一般に、われわれにとって西洋文化とは、こうした近代科学をも生み出したきわめてユニークな文化として、日本文化や東洋文化との比較文化史的視点からも深く理解されなければならないものである、ということになるのではあるまいか。


渡辺氏がこれを書いたのは1971年。こんにちでは、「あるまいか」どころか、「そうであるにきまっている」という感じがするが、そうか、1971年当時は、「あるまいか」だったのか……。M・ニコルソン、T・クーンにつづいて、また越境話になったのは偶然か(いや、必然だな、たぶん)。なお、この文の少し前にはM・ニコルスンに言及がある。


それはともかくこの講談社版『ケプラーの夢』は、ケプラーの息子による前文や、本文(これは短い)、ケプラー自身による注(本文の四倍ある)、訳注、訳者による図類、と、たいへん充実した内容で、それぞれが魅力的だ。ガリレオの、どちらかというとかなり饒舌な語り口(これはこれでいいが)、ニュートンのきりつめ、磨き上げられた無駄のない記述(うっとり♥(^^;)☆\バキ)に対して、ケプラーはまじで面白い。本文はそれだけでも、いいテンポで楽しく読めるが、多彩な原注がまた興味深い。


たとえば、「母親は自分が本を書こうとすると、やめておけと言った。なぜなら、本を書いたりすると法律に触れて火山の火口から突き落とされるから(舞台はアイスランドで、火山はヘクラ山)」……みたいな話のところに注があり、ケプラーは次のように書いている。

 ヘクラ山の歴史は、地図や地理の本などで知られている。刑罰の型としては、寓話の中のエンペドクレスのことを思い出す。ディオゲネス・ラエルティオスによれば、彼は死後に天井の名声を得ようとしてエトナ山に登ったという。彼は火口に身を投じて、生きたまま炎の中でみずからをいけにえにしたということだ。
 だが本当のところはおそらく、つきざる炎の原因を確かめようと無鉄砲にも奥深く立ち入って、帰ってこられなくなったというところだろう。うっすらと地表をおおっていた灰が彼の足下でぱっくりと口をあけたとき、彼は自分の好奇心の強さをさぞ悔やんだだろう。だがそのときはもう遅かったのだ。名声を得ようとしてではなく、嘆きつつ、自分の意志に反して、彼は生命を失ったのである。
 これと同じような運命はガイウス・プリニウスにも降りかかったのである。ちゅおうどヴェズーヴィオス火山が爆発したとき、プリにクスは自然を研究しようとして危険な灰や岩の降りしきる中をポンペイに向かった。そして悪臭を放つ言おうや息をつまらせる火山灰にやられてとうとう窒息してしまったのである。
 伝説によれば、ホメーロスも漁師たちのかけたなぞに窮したさいにわが身を水中に投じたといわれているし、アリストテレスもエウリプス海峡の潮流に生命をさらわれてしまったのだということである。このように、多くの人たちが、学問に対する愛の償いとして、貧乏に甘んじ、無知な金持ちから憎まれるようになった。

最後のワンセンテンス、それまでのエピソードは関係なくいきなり自分の話になっている(生死の問題が貧乏話になっている)のが、なんとも(^^ゞ


それから、「母は父の名前を教えてはくれなかった」という意味深な一文にも注がついていて、

私は教育を受けていない人たちの野卑な習慣について冗談を言ったのだ。さらに、前にも述べたように知識の母親は「無知」であり、また父親は「理性」であることを読者が認めるならば、もちろんこの父親は、母親がまるで知らないか、あるいは隠しているかのどちらかだ。

とくる(^^ゞ。いや、楽しませてくれます。

このほかにも、ティコ・ブラーエから聞いたというアイスランドの娘たちの習慣だの、医学、天文学、植物学に関する見解だの、読み応え十分。ひとつぶで二度(本文、注)美味しいケプラーの『夢』。やるなぁ、ケプラー


講談社さん、ついでに、『六角形の雪について』も出しませんか?(^^ゞ