『Two Hands』レオン・フライシャー


舘野氏は両手から片手への変化だが、レオン・フライシャーは逆に、左手の世界から両手への奇跡のカムバックだ。

トゥー・ハンズ

トゥー・ハンズ


フライシャーはもちろん、三十五年を経て両手で弾けるようになったことへの「神への感謝」に溢れているのだろう。しかしその一方で、この間の経験から、「手の数とか指の本数とかは本質的ではない」と語ってもいるのだ。


どの曲も静かで豊かで深くて、若い頃の演奏(あれはあれでいいのだ!^^;)とは、同一人物が弾いたものとはちょっと思えないが、この間にあったことを思えばそれも当然だろう。レオン・フライシャー、すごい人だ。


このアルバムのなかで、とくにわたしがハッとさせられたのは、スカルラッティ。というのも、わたしにはスカルラッティならこの人!というお気に入りのピアニストがいるからだ。これまでは、誰のスカルラッティを聞いても、「やっぱりツァハリアスよね……」などと内心思っていたのだが、うむ、フライシャー、おぬしなかなかやるな。

Scarlatti;Sonatas

Scarlatti;Sonatas


ツァハリアスのスカルラッティが光なら、フライシャーのスカルラッティは風……。



左手のためのピアノ曲ということに話を戻そう。ここに三人のピアニストがいる。両手の世界から左手の世界に(当面)入った舘野氏、そして左手の世界から両手の世界に戻ってきたフライシャー、両方の世界に住むウゴルスキ。三人三様に、音楽に両手も片手もないと、演奏を通じて語っているような気がする。