『メッカ』(岩波新書)

カラー版 メッカ―聖地の素顔 (岩波新書)

カラー版 メッカ―聖地の素顔 (岩波新書)


写真家の野町氏は、ある日、メディナ在住の見知らぬ人物から「メディナ預言者モスクの改装がなりましたので、写真を撮っていただけませんか」みたいな手紙をもらう。なんだろうと思いつつ、一カ月後、ベトナム撮影旅行の帰り、香港までその人物に来てもらって会ったという。


野町氏が、「そういう依頼なら、ムスリムの写真家に頼んだほうがコトが楽でしょう」と言うと、先方は、「それも考えたのだが、いまいちピンとくる写真を撮る人がいない。あなたの写真集をヨーロッパで見て、この人ならと思った」という。「それじゃあ、ついでにメッカも撮りましょう」というと、「それはいかん。メッカには異教徒は入れられん」と言われた。


そんなこんなで、結局、野町氏はムスリムになって、メッカの撮影を行うことになったのだという。


だが、この「写真集」(といってもいいぐらいの新書)は、単に、ムスリムになってメッカに行って写真撮ってきましたというようなものではない。野町氏に写真撮影をもちかけた人物はサウド家のメンバーで有力者だったのだ。野町氏のねばりと、有力者一族のバックアップのおかげで、ここには「まさか」という映像がある。


こんな写真が、ほんとに1000円の新書で見られていいんですかっ! 


そもそもサウディアラビアでは、写真は偶像崇拝につながるというので嫌われる。カメラをもって聖地をうろつくだけでも問題なのだ。野間氏は、あるときは警官にガードされ、あるときはメディナ市長じきじきの許可証に守られながら、フツーではできない撮影をやってのけた。


しかしわたしが感銘を受けたのは写真だけではない。野町氏は、気負いや気取りとは無縁の、実にストレートな文を書く。あけすけで、率直で、素朴で。だからこそ、氏の感動もまた、すとんとこちらに伝わるのだ。


以下、ちょっと具体的な話になるが、歴史的名所旧跡みたいに言うと古びたものを連想するかもしれないが、メッカやメディナの聖地はキンピカの現代建築だ。「それでも、さすがに歴史は感じられるだろう」と思うかも知れないが、アッラーの時間は永遠にして、過去と現在はひとつのものであり、6世紀も今も同じなのだ、ということがじわっとつたわってくる。わたしらとは、「歴史感覚」が違うのだ。


これだけの聖地施設を維持するのは、普通ならちょっと考えられないぐらい大変だ。しかしなにしろサウディアラビアには石油が出るから、ピーク時には200万人にのぼる巡礼者を収容できるだけの宿泊施設だって備えている。大巡礼のために、年に一度しか使われないトイレ・シャワー・バンガローなどが完備され(排便のあとは体を清めて巡礼をしなければならないので)、メンテナンスにも配慮されている(したがってイスラムの巡礼地は、すさまじい人の海になるが、野糞の山ということには断じてならない)。


貧しい国からやってきたムスリムたちは、国王、有力者、有力企業が喜捨する飲み物・食べ物をもらう。メッカは世界12億人のムスリムたちを引き寄せる場所だ。喜捨する物資も半端ではない。それを支えているのもオイルマネーだ。


もしもアッラーが聖地のメンテナンスまで考えてサウディアラビアに石油を出したのだとすれば、げに、アッラーは偉大なり^^;。



それはともかく、世界人口5人に一人の大宗教の今を、わたしたちは知らなすぎではないだろうか。あっというまに読める本書、ゼッタイ、お得です!