『SYNC』S・ストロガッツ著

SYNC

SYNC


本書はいろいろな意味で、たいへん気持ちの良い本だった。


■監修者 蔵本由紀氏の「まえがき」


まず、実質1ページ半しかない蔵本氏の「まえがき」に感銘を受けた。さりげないのに心がこもっていて、的確・簡潔なのにしっとりと読ませる。こんなふうに書けたらなぁ、と思わされる文章だ。


■著者 ストロガッツの「はじめに」

ストロガッツは()の中にだが、



(今回私は、「草稿の段階では、言いたいことは思う存分、吐き出すべきだ」という、アルダ氏の優れた忠告に沿うことはできなかった。「それはまた次回に」と言うことにしたい。)


と書いている。「そうだよね、吐き出せば大事なことが伝わるってわけじゃなものね」と共感しながら先を読むと、



 最後に、科学研究に全幅の信頼を置いてくださっている、先見力豊かなアメリカ合衆国民に感謝したい。全米科学財団のような機関を通じ、アメリカ国内での科学研究を支えている合衆国民の血税のおかげで科学者は、想像力の羽を思う存分羽ばたかせることができるという、この上ない恩恵に浴しているというわけだ。あとはただ合衆国民一人ひとりに、発見をめぐる大いなる喜びを科学者とわかちあっていただければと願うばかりである。


という結びの言葉があった。この言葉に胸を揺さぶられるのは、おそらく私の個人的な事情なのだろう。アメリカでも基礎研究は必ずしも重視されていないし、研究費の配分についてもいろいろと言いたいことはあるだろう(と、想像する)。でも、上記のように言う方が、何か、基本的で大事なことが伝わるような気がするのだ(逆説的にかもしれないけど(^^ゞ)。ストロガッツという人は、この本の全体を通じて、こういう人だった。暖かくて思いやりがあって、結局のところ、科学研究ができることに感謝している人だった。


モデリングの醍醐味


内容に関して本書の魅力をひとことで言うなら、「モデリングの醍醐味」を味わわせてくれることだろう。「現象論の醍醐味」と言うべきところかもしれないが、現象論という言葉はちょっとわかりにくいうえに、場合によっては適切ですらないので、ここはひとつ「モデリング」と呼んでおきたい。


物理学のアプローチには、基本原理または式から出発して現実世界を説明しようというものがある。それに対して、比較的シンプルなモデルを作り、それによって現実の世界に対する洞察を得ようと言うのが現象論(ここではモデリング)のアプローチだ。


ストロガッツはこの本の中で、かつては神秘的だと思われていたさまざまな同期現象に、モデリングのアプローチで切り込む。このアプローチの威力は相当なもので、いままで「わけわからん」だったさまざまな現象が、「なるほど、そういうことか」の領分に次々と引き入れられていく。


もちろん、彼自身が言うように、同期現象を研究するだけで宇宙がわかるわけでもないし、同期現象の研究だってまだまだやることは限りなくある。だが、彼はこの本で、宇宙のいたるところに顔を出す同期現象に、「理解不可能」から「理解可能」の衣を着せてみせたと言えるだろう。


神秘主義全体論ストロガッツ


ところで本書でとりあげられているさまざまな同期現象は、かつては神秘主義全体論の立場に立つ人たちに恰好の例を与えてきた。それをストロガッツは、数学的にクリアでシンプルなモデルで、理解可能な領分に引き入れて見せた。彼自身は、そのあたりをどう考えているのだろうか?


この問いに対する答えは、「なんとも思っていない」というものだろう。神秘主義は、彼にとって取り合うに値する対象ではない。本書のなかでこれに関係する部分は一カ所で、ストロガッツは次のようにあっさりと述べている。



もちろんこれは、神秘現象などではまったくない。このパターンは単に興奮性媒質の法則に従っているにすぎず、その法則は非線形動力学に由来するものだ。


P.411では、ユングの「シンクロニシティー」にも言及しているが、上記と同じようにけんもほろろである。


まあ、当然だろう。現場の研究者は、ちまたにあふれる神秘主義全体論のことなどほとんど知らないし、興味もない。『SYNC』 というタイトルから、何か神秘的なことが書かれているのではないかと期待した人は、拍子抜けしたかもしれない(あるいは、クリアなモデルから得られる深い洞察に感激したかもしれない)。同期現象は、もはや神秘の世界にはないのだ。(だからといって、わたしたちに感動を与えないわけではない、という点が大事だ。)


■還元主義とストロガッツ


全体論に触れたからには、還元主義にも触れておかなくてはならない。実際、ストロガッツの敵は、全体論ではなく、還元主義であるようだ。温厚な彼が、還元主義の話にあるとかなり情緒的になる感じがする(^^ゞ


全体論V.S.還元主義」という構図で見ると、明らかに還元主義的アプローチで同期現象に取り組んでいるストロガッツが、なぜ還元主義を敵視するのだろう?


  なお、還元主義だの全体論だのいう問題は、本書にとって些末なことである。
  わたしが個人的に、ひとりひとりの「還元主義の定義」を見ておきたいだけだ。


ストロガッツは本書の中で、三カ所、還元主義に触れている。


1 P.310

ちなみに主流派とは、タコツボ型の狭隘な専門分野に閉じこもり、還元主義アプローチに固執することで、ひたすら研究の細分化を目指すような連中のことである。


2 P.425(あとがき)


挙げ句の果てに、誰もがそうした流行りの概念を一笑に付して、実験室へと舞い戻り、今まで以上に退屈で還元主義的な科学をただひたすら目指すことになったのである。


3 P.426(あとがき)


科学の王道を行く非情な科学者ですら還元主義が、ガン、意識、生命の起源、生態系の回復力、エイズ地球温暖化、細胞機能、経済の浮き沈みといった、人類の直面する「大いなる謎」を解き明かすには力不足かもしれないと認めはじめているのである。


これだけではちょっとわかりにくいのだが(ストロガッツの頭にはクリアな還元主義のイメージがあるのだろうが)、彼にとっての還元主義は(前にも述べたように、還元主義の定義は人によって違う)

・線形的である

ということのようだ。また、付随的に、

・分野縦断的でない

ということもあるかもしれない。これはたぶん、複雑系研究の開拓者に共通して見られる還元主義の定義なのだろう。